1597

自分に何ができるのか、最大限に考えた旅

自分に何ができるのか、最大限に考えた旅

平澤佳奈(サンパウロ大学)

 私がブラジルに留学した理由は、もともとブラジルに住んでいた経験があるにもかかわらず、ブラジルのことを何も知らないことが非常に悔しかったため、この学科に入り、語学学科に入った以上、自分の目で、耳で、その国の文化を確かめたいという安直な理由からでした。いざブラジルに着いたら、親の庇護下から離れ自分で歩くブラジルは以前のものと全く異なり、恐怖でいっぱいでした。ポルトガル語に関しては、非常にとんとん拍子に進んでいき、「あれ?もっと大変かと思っていた。」と拍子抜けするほどでした。もちろんすべてのポルトガル語はわからないけれど、留学する前にブラジル人の友人や先生方に手助けをしてもらい、耳を鳴らすように努めた賜物なのでしょうか、生活するうえで本当に苦労するほどというわけではありませんでした。(ですが、授業は非常に難しく、友人の手助けがなかったらついていくことは不可能であったと思います。)

 ですが、そんな中留学先であるサンパウロ大学が無期限ストライキに入りました。授業がすべてストップし、3か月間学ぶ機会を失うという環境に陥りました。何もすることがなく、自分から動かなくては何も得ることのないまま留学生活を終えてしまうと思った私は、もともと日本にいたときから「日本を知らない人に日本文化を教える」という活動を行ってきたため、それを実行しようと思い立ちました。ちょうどその時期にリオ五輪が開催されることから、どうにかして五輪という大きな舞台で不特定多数の方に日本文化を幅広く教えることができないかとブラジルで培った人脈を通して模索したところ、日本のスポーツ庁からお声がけを頂き、通訳としてボランティアを行うことができました。

 私はこの留学で「人とのつながり」がいかに大切な物なのかを学習しました。自分がやらなくては何も力にならない。何かしようとすればそれを後押ししてくれる人々は周りにたくさんいるということを理解しました。

 ブラジルはこのような思いだった行動も寛容に受け入れてくれる国です。留学する時、ポルトガル語を習得することだけを目標にしないでください。自分で考え、何ができるか、プラスαを習得することを目標に掲げ何かしら自分で行動し、動いてみてください。絶対にその行動力は将来につながると思います。

大学の講義はかなり難しかったのですが、時々ブラジル人の仲間とパーティーをしました。その時の写真ですが、楽しくポルトガル語を向上させることができて、一石二鳥でした。Que saudade! (懐かしい!)

大学の講義はかなり難しかったのですが、時々ブラジル人の仲間とパーティーをしました。その時の写真ですが、楽しくポルトガル語を向上させることができて、一石二鳥でした。Que saudade! (懐かしい!)