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自分を発見し、形成し、磨いていける場――ポルトガル語世界との出会いを運命のものに

上智大学外国語学部
ポルトガル語学科
矢澤 達宏

 「ポルトガル語学科」と聞いたとき、どのような学びを想像しますか。ひょっとして、ポルトガル語の文法、会話、読解、作文…をひたすら訓練するイメージでしょうか。だとすれば大きな誤解です。もちろんポルトガル語はみっちり鍛えます。皆さんが思うよりもきっとハードです。でも、ポルトガル語をただ単に話せる、理解できるようになることが目的なのではありません。その過程で並行して学ぶこと、そしてその先に見えてくることの方がむしろ大切なのです。
 ポルトガル語を習得するための授業にひけをとらないくらい、ポルトガル語の話されている地域やそこに住む人々を理解するための授業がポルトガル語学科には多くあります。ポルトガル語が話されているのは、なにもポルトガルだけではありません。南米の大国ブラジルにくわえ、アンゴラ、モザンビーク、ギニア・ビサウ、カボベルデのようなアフリカの国々、そして東南アジアに位置する東チモールでも話されています。それに日本も忘れてはいけません。日本には20万人ちかく(2017年末)ものブラジル人が住んでいます。ヨーロッパだけでなく、日本を含む4つの大陸にまたがる様々な地域にポルトガル語の世界は広がっているのです。そこには興味をそそられずにはいられない学びのテーマが無数に埋もれています。海洋帝国ポルトガルの盛衰、ブラジルの経済成長と格差、モザンビークの紛争と復興、東チモールの国民的アイデンティティと国家建設、カボベルデの環境問題と海外移民、ブラジルのサンバやボサノヴァの形成とその社会的背景、ポルトガル文学とナショナリズムの関係、ポルトガル語と日本語の接触による言語変容、在日ブラジル人子弟の教育における問題と課題等々。アイディアと材料次第で、学びの対象は無限にさえなります。
 ポルトガル語を使わなくとも、これらのテーマについて日本語や英語で学ぶことはできるのではないかと思うかもしれません。ですが、ポルトガル語を駆使して学ぶのと、そうでないのとでは、学びの深みには雲泥の差があります。翻訳でない原語の資料を読んだり、現地の人々とコミュニケーションをとって直接、意見を聞いたりしながら進める学びは、地にしっかりと足のついた説得力を生み出します。逆に、言語そのものに関心を持つ人は、それが話されている地域についての理解など必要ないのではと思うかもしれません。しかし、言語はそれが話されている地域の自然や文化と密接に結びつき、それが反映されたものなのです。どんなに正しい文法、きれいな発音、すぐれた聴解力を身につけても、相手の社会の価値観や慣習などへの理解がなければ、深みのある対話はできません。
 ここにこそポルトガル語学科の学びの本質があります。相手社会の理解にしっかりと裏打ちされた、本当の意味でのコミュニケーション力、そして確かな言語運用力に支えられた相手社会への洞察力。これらを身につけた先に、あるいはその過程で得られる学びは、なにもポルトガル語やポルトガル語圏という対象にしか通用しないものではけっしてありません。他者を相手にどのように関わり、どのように理解し、どのように学び、どのように協力できるのか。そうした普遍的な能力がかならずや身につくはずです。ただ、海外といえば英語、そして欧米や近隣の特定の国々のことしか思い浮かべない、関心を持つことのできないという風潮がいまだ根強いことを踏まえるなら、ポルトガル語学科で学んだ人たちが果たしうる使命、役割はとりわけ大きいと考えます。
 あなたはどうでしょうか。もしもそのような風潮に疑問を抱いているなら、ポルトガル語学科での学びのなかで「これだ」と思えるなにかにきっと出会えます。もし、そもそも外国語や海外のことにとくに関心を持ってこなかったのであれば、まったく新しい世界にチャレンジしてみませんか。そして、すでにポルトガル語やそれが話されている地域に興味があるのなら、それをポルトガル語学科で思う存分、伸ばしてください。ポルトガル語世界との出会いをきっかけに、ポルトガル語やポルトガル語圏に関わる人生を送っている卒業生がたくさんいます。また、卒業後それらに直接に関わることのない場合も、ポルトガル語学科で得たものは意識していようといまいと、それぞれの人生に影響を与えているのだと私は思います。
 あなたも一員になってみませんか。ポルトガル語学科でお会いできる日を楽しみにしています。