教科書の会話、1年生とアレンジを楽しむ

原田早苗

 秋学期が始まり、1年生のフランス語の授業も「休みの間、何をしましたか」という恒例のテーマから入りました。複合過去と半過去は春学期で学習済みの項目。それらを駆使して生き生きと話す学生もいれば、教科書のどこに載っていたかも忘れてしまったような学生もいて、夏休みの話題と復習を織り交ぜるような初回の授業となりました。

 さて、この1年次生の必修科目「基礎フランス語I」は週に6コマあり、コミュニケーション中心の授業と文法中心の授業に分かれています。どちらも教科書をベースに進めていますが、コミュニケーションの授業ではテキストの簡潔な会話をいろいろとアレンジし、その作業を通してフランス語のセンスを高めていくことを目指しています。

harada photo

昨年度「基礎フランス語I」の最後の授業で

 私の専門は外国語教育ですが、関連する授業としては「フランス語科教育法」や演習「フランス語教育と異文化理解」を担当しています。これらの授業でフランスや日本の教材を比較・分析することもあるのですが、教科書の会話文に注目するといろいろな特徴が見えてきます。そのひとつに、登場人物同士の関係や会話の背景に関する情報が少なく、どういう人がどういう状況で会話しているのかが必ずしも明確になっていない点があります。しかし、それはシンプルな会話に様々な色をつけてバリエーションを楽しむ余地があるということでもあります。

 例えば、「約束に遅刻して謝る」というのは語学テキストによくある典型的な場面です。

A : Je suis désolé, je suis en retard.

B : Ce n’est pas grave.

この会話を具体的な状況のうちに置き換えようとすると、AさんとBさんがどれくらい親しいのか、どれくらい遅刻したのかといった情報がないと、「ごめん、遅れちゃった」「いいよ」なのか「遅れてしまって申し訳ありません」「構いませんよ」なのか判断がつかないことに気づきます。前者のくだけたケースであれば、C’est pas graveのようにneが脱落することもあるといった説明も加えつつ、1年生の授業ではいろいろな文脈を設定し、会話の肉付けをしてもらいます(もちろんフランス語で)。5分しか遅れていない場合は謝罪もサラッと済むのが普通ですが、1時間遅刻していたらどうでしょう。Aさんの謝り方はもっと手の込んだものになるでしょうし、Bさんも文句の一つや二つも言いたくなるでしょう。そこから言い合いに発展するかもしれません。

 次に、「相手の意見に反論する」という場面を考えてみましょう。多くのテキストには「賛成です」の表現とセットで「反対です」を意味するJe ne suis pas d’accord. / Ce n’est pas mon avis. / Je suis contre.といった表現が載っています。これらの表現については、ただ覚えるだけでなく、併せて実際の生活では反論をやんわり伝えるためにいろいろな工夫をしている点にも留意しないといけません。例えば「うーん、確かに○○については私も同じ意見ですが、△△については…」といったような前置きをしていることが多いはずです。「フランス人はキッパリ反論するから、フランス語では緩和しなくていい」と思うのは間違いであって、やはり状況に応じて相手に配慮しつつ反論する必要があります(日本人の反論の仕方をそのままフランス語に置き換えてよいかどうかはまた別の大きなテーマですが)。

  このように1年次生のフランス語の授業では、学生が数年後に留学などをした際に本人が知らず知らずのうちにその場にそぐわない態度をとってしまうことがないように、文法・語彙・発音を教えるだけでなく、現実のコミュニケーションを意識した言語使用についても一緒に考えるように心がけています。学生たちとのやりとりを通して彼らの言語感覚を窺い知ることができ、様々な若者言葉が聞けるのもなかなか面白いです。先日、文化庁の「国語に関する世論調査」の結果が新聞に載っていましたが、認知度の低い「ディスる」を私が知っていたのは学生たちのおかげですね。