アルザスワインと過ごした日々

大森 あゆみ

  わたしは2018年8月から2019年6月までフランスのストラスブール大学に交換留学をしていました。ストラスブールの位置するアルザスという地域は、17世紀以降フランスとドイツの間で割譲が繰り返されたため、ドイツの影響を色濃く残しています。このアルザス特有の文化に興味があり、留学先をストラスブール大学に決めました。

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寮の横を流れる川沿い。

 ドイツ語で「道」を表す„Straße“と「街」を表す„Burg“を合わせて「街道の街」を意味するストラスブールは、その名のとおり、交通の要所として栄えました。アルザスの辿った歴史から、ヨーロッパの平和の象徴として、欧州議会、欧州評議会、欧州人権裁判所といった、欧州の主要な国際機関が置かれています。また、ストラスブールは「クリスマスの首都 « capitale de Noël »」と称され、マルシェ・ド・ノエルの時期になると、コロンバージュ様式という木組みの建物が並ぶ街並みがクリスマス装飾で彩られます。

ドイツにとって南西に位置するアルザスは太陽のイメージですが、フランスにとって北東のアルザスは雪のイメージ。このように矛盾する表象を併せ持った地であるアルザスについて学ぶ授業を2つ履修していました。1つはアルザスの国籍が初めて変わった1648年から現在までの歴史を、宗教・政治・経済という3つの側面から考えるものです。そしてもう1つがブドウ栽培やワイン生産の歴史からアルザスを見つめるもので、この授業を紹介しようと思います。

白ワインの産地として知られるアルザスでは主に7品種のブドウが栽培され、6品種が白ワインやスパークリングワインに、1品種が赤ワインやロゼワインに使われています。収穫を遅らせたブドウや貴腐ブドウ(特定の気象条件下で貴腐菌が作用したもの)は糖度が高いため甘口ワインに仕立てられますが、基本的にアルザスの白ワインは辛口に仕立てられるのが主流です。

各回の授業では、アルザスワインに関係する様々な要素を基に、アルザスの理解を深めていきます。例えば、初回の授業では「地理」をテーマに、アルザスの地形がどのように形成されたのか、フランス国内や近隣国から見てアルザスはどのような地域だったのか、などを考えました。他にも、ブドウの収穫時期を比較することで気候変化を読み解いたり、ワインの生産量が増減した時期に何が起こっていたのかを学んだりする回もありました。

また、授業の一貫でストラスブールの病院の地下にあるワインセラーを訪問しました。このワインセラーには約50個のワイン樽とともに、世界最古の樽入りワインである1472年のワインが保管されています。セラーの見学後には、異なるブドウ品種で作られたワインを実際に試飲して品種ごとの特徴を話し合いました。同じものを飲んでるはずなのに、色・香り・味の感じ方や表現の仕方が人によって異なるのはとても興味深く勉強になりました。

授業の中で印象に残っているのが、生産者はそれぞれのmillésimeに思い入れがある、という話です。 « millésime »とはワインに使われているブドウの収穫年のことです。毎年同じ条件で、同じブドウから、同じワインが作られるわけではありません。年による様々な違いがそれぞれの年の個性としてワインに表れます。そして、アルザスが再びフランスに戻ってきた1945年に収穫されたブドウで作られたアルザスワインは « le vin de la libération »と呼ばれます。日本語にするなら、「解放年のワイン」でしょうか。この一言に、アルザスに生きた生産者の想いが詰め込まれているような気がします。 IMG_1137

アルザスワイン街道。見渡す限りに広がるブドウ畑。

 先生から「授業で得た情報を知識に変えることが大切」と勧められ、休みの日には近くの村にあるブドウ畑やワイナリーを巡りました。ブドウの木がどのように仕立てられているのかを生産者の方から教えてもらったり、異なる年に収穫されたブドウで作られたワインの比較試飲により年ごとの香りや味の違いを感じたりすることで、授業を受けただけでは分からないこと、理解しきれないことを、実際に確かめるようにしていました。

ブドウ栽培やワイン生産に関わる用語はうまく日本語に出来ないものが多く、フランス語のままで理解する必要がありました。そのため、相手が本当に言いたい通りの意味で話を掴めているのか、100伝えてくれるうち1すら理解出来てないのではないか、と常に感じていました。きっとフランス語を学び続ける限り、この不安はついてまわると思います。

だから、分からないことは質問したり調べたりして、それでもダメなら忘れないように頭の隅に置いておいて、たまに引っ張り出して考え直してみる。そうやって、課題ばかり積み上げるのではなく、ひとつずつ消化していくことを心がけています。

楽しいことばかりではなかったけれど、アルザスの文化を学ぶという目的を見失わずに1年を過ごしたことは、本当に良い経験になりました。これからも自分の世界を広げることの出来る機会を大切にしたいと思います。

最後になりましたが、このブログが留学を迷われている方の参考になったのであれば嬉しいです。皆様にとっても留学が何かを得るきっかけになることを願っています。

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ストラスブールの最終日に飲んだリースリング。