Cameroun   2.カメルーン(森)

小山 祐実
森の中のテント 文末に写真集を掲載します。そちらもご覧ください。

森の中のテント
文末に写真集を掲載します。そちらもご覧ください。

森のくらし

 首都から車で12時間かけて南東に500m行くとグリベ村がある。コンゴとの国境に近く、国立公園(手の入っていない 森)と森林が広がる。村といっても道路の両脇にある森と道路の境目の部分に、赤土と木の家が点々としているだけだ。そこでは農耕民(コナベンベ)と狩猟採集民(バカ)が生活圏を共にしている。彼らはあまり仲良くない。お酒が入るとコナベンベがバカをからかっていじめたり、日常的に見下したりするところがある。バカは大人でも150㎝ほどでバカ語を話し、狩猟や木の実などを集めて暮らしている。一方コナベンベは食材の加工技術を持ち、街に商品を売りに出たりしてお金を稼ぐ。背も割と高く、世俗に晒されているだけ賢しい。バカは6,7月になると木の実集めに没頭するため森の中で3,4か月移動キャンプをする。 今回はバカの一家族とコナベンベがいるキャンプで1週間過ごした。

  痛い、寒い、痛くて眠れない。なんだか足に冷たいものがある…今は見るのをやめておこう。目を開けたら現実に戻されるだけ。今夜もまた、3回も目を覚ましてしまった。明日はどれほど歩かされるのやら。腰の痛みを我慢し、騙し騙しやり過ごしてきたがもう限界だ。帰りたい。日本に帰国する夢を何度見たことか。毎朝そんなことを思いながら、仕方なく起き、早く一週間が過ぎることを願っていた。とりあえず川に行って顔を洗い歯磨きをし、コーヒーの水もついでに汲んでくる。バカたちは熟睡しないようで、早朝に目を覚まし、9時頃まで焚火にあたってゴロゴロして、朝露が乾くのを待つ。森では活動時間がかなり制限される。夜が明けても気温が低く湿っているので10時前には活動せず、19時過ぎには寝る準備をする。今は雨季に移行する時期なので連日雨の繰り返しだ。最近覚えた数少ないバカ語で、「今日は雨が降るのか。」と聞いてみたら、「今日は大丈夫さ、降らない、降らない。」と60歳のキャンプの家長が答えてくれた。一時間後、土砂降り…そんなぁ…このくそ爺、洗濯物を干してしまったじゃないか。森に住んでいるからと言って何でも知っていると高をくくってはいけない。森に詳しい者とそうでない者がいて、研究者並みの知識がある者もいるそうだ。焚火でコーヒーを入れていると、どこからともなくティーンエージャーたちが集まり、コーヒータイムが始まる。彼らは甘いものが大好き。彼らの言語では、美味しいと甘いが同義なのだ。コーヒーに角砂糖を5つも入れる。それでもまだ遠慮しているらしく、もはやコーヒーでなくとも甘ければ何でもいいようだが。

 11時、そろそろ森へ行く時間だ。今日と今(マカラ)という言葉が一緒というくらい時間感覚がアバウトで、「マカラ出かける」と言われ急いで準備してもバカたちはなかなか出てこない。タイミングはよくわからないが、一人が歩き出すとみんなぞろぞろ出ていく。採集は基本的に女子供の仕事だ。男性がいったい何をしているのかは全く不明だ。昼寝しているか焚火に当たっていることが多い。女の子たちは「今日はすぐ近くで仕事をするの、昨日ほど遠くないわよ」と言っていたが、もう二時間も歩いている。キャンプの女の子たちは面倒見がよく、足場の悪いところは枝や蔓を切って道を作り、いろんなフルーツや植物を持ってきては名前を教えてくれる。恥ずかしがり屋だが優しく、気を使ってくれているのが感じられる。ハードな森歩きと、写真撮影、新しい語彙のメモを同時に忙しくこなしているうちに、気づくと採集ポイントに着いていた。日本ではカリテオイルと称して加工販売されている木の実を集め、山刀でひたすら中の種を取り出す作業をする。おしゃべりしたり、じゃれ合ったり、歌ったり、仕事というよりは遊びと一体化して楽しんでいるように見える。次のポイントへ歩き出すが、このエリアにはもうほとんど実が残っておらず、急遽魚獲りに変更。最も予定などないのだが。女の子たちが泥や木の枝を集めてきて川を塞き止め、水を掻き出す。泥の塊にしか見えない露出した川底にいる魚を千里眼で捕まえ、小魚を絞め、カニは足を全部もぎ取る。私はこの漁があまり好きではない。裸足で鋭利な枝が混ざる川の中に足を突っ込み泥の中を漁り、とにかくドロドロになるし、剥きだした脚がいつマラリア蚊や刺し蠅に狙われるかわからない。川に横たわった太い枝が見えた。元は細かった枝が大きくなって変わった模様をしているようだ。そのまま跨ごうとしたら止められ、よく見ると動いている…おそらく森で最もたちが悪いであろう肉食蟻、通称サファリ蟻の大行進だ!人間ほどの大きさでも集団でやられたら体中を食いちぎられるそうだ。一匹でも噛まれると相当痛いのだが、こんなに大きな群れだと一匹に触れただけで群が一斉に身体を登って来るだろう。一番近くにいたので最初にどうぞと言われ、目いっぱい股を広げて渡った。どこにいても森は油断ならない。

 ようやくキャンプに戻る雰囲気になり近くまで帰って来たが、キャンプに入るにはちょっとした難関がある。そう、丸太渡りチャレンジだ。子供のころから「バランス感覚がいまいちだね」と言われ続けたトラウマをかかえ、自分が濡れるのはいいがカメラやノートを絶対に落としてはいけない状況で、表面のコケと湿りで滑りやすくなった丸太を見ると、今にも下からさっきの蟻だのピラニアだのワニが狙っているような幻覚に陥る。結局楽をして、バカのひとりにつかまりながら渡った。きっと傍から見たらとても情けない姿だろうが、その子はいやな顔をせず、蔑む様子もなく、むしろ楽しんでいるように見える。彼女たちのそういう和やかなところが好きだ。

 テントに戻ると帰りに見つけたイモを焚火に放り込んで焼いている。熟したバナナも焼くととてもおいしい。イモの周りの焦げを落として私にくれた。焦げ目が香ばしく中はほくほくして、日本の普通のジャガイモに似ている。塩をかけて食べたいというと「お前たちが飲んでいる得体のしれない液体(味噌汁のこと。スープの概念はない)に味がないのと同じだ」とか何とかいわれ、塩付け禁止令が出た。しかしこの味のない巨大なイモをどうやって処理したものか…それでも、おいしいものはおいしく食べたい。禁止令を出した男性が立ち去った瞬間に塩をこっそりかけ、隅っこで見ていた子供に飴をあげて口止めした。やはり塩は偉大だと思う。

 帰ってきたら日が暮れる前に水浴びをしなければならない。最初の一浴びにいつも苦戦する。最近雨が多く日が照らないので完全に冷水だ。気合を入れて水をかぶり、誰か来ないか、虫に刺されないか心配しながら体を洗う。洗っても川の水だから臭いのだが、水浴びも慣れると気持ちよくなる。

 日が暮れて夕飯の時間、お世話になっているコナベンベの男性がダイカー(ウシ科シカに似ている)の生肉を買ってきて来てくれた。なんて美しいのだろう。いつもは燻製にされてカチカチなのだが、この鮮やで締まった筋肉、脂肪はないが弾力があって柔らかそうな肉。今すぐかぶりつきたい。今日はキャンプのメンバーでこれを食らう。表面を焼いてオイルと玉ネギ、塩、トマトソースで煮込む。付け合わせにキャッサバ粉を練ったクスクス(もちのような塊)を作り、お皿によそってくれた。二時間も鍋の前で胸を躍らせ、ようやく待ちわびた時がついに来た。まずは心を落ち着かせるためにクスクスをちぎり、肉ソースにつけて食べる。今夜の食事は、今までで一番おいしいものかもしれない。そしていよいよお待ちかねのお肉。手掴みでかぶりつく。燻製されたものとは全く触感が違う。あれ、思ったより弾力がすごい。さっきまで森を駆け回り、筋収縮を繰り返していた筋肉は砂肝のようにコリコリしている。それを食べると隠れている柔らかい部分にたどり着く。二つの触感を味わいながら、クスクスに手を伸ばしてソースにつけて口に運び、それからまた肉を取る。ああ、最高。夢中で食べ進めた。ダイカーさん、ご馳走様でした。さて、明日も頑張ろう。

写真集

サファリ蟻の行列

サファリ蟻の行列


クスクスの調理

クスクスの調理


クスクスと肉ソース

クスクスと肉ソース


写真好きのパンダ=ピエール

写真好きのパンダ=ピエール


ダイカーの生肉

ダイカーの生肉


かいだし漁の様子

かいだし漁の様子


巨大なキノコで遊ぶウェンナ、エジェニ、ダー

巨大なキノコで遊ぶウェンナ、エジェニ、ダー


ジェントルなキャンプの家長が道を作ってくれる

ジェントルなキャンプの家長が道を作ってくれる


採集メンバー

採集メンバー