上智大学アジア人材養成研究センター Sophia Asia Center for Research and Human Development

センターの活動

バンテアイ・クデイ遺跡における
考古発掘実習(1991年~現在)

 王立芸術大学(以下芸大と略す)の集中講義受講生から考古学部10人、建築学部10人が選抜され、バンテアイ・クデイ遺跡とアンコール・ワット西参道で現場実習。
 1991年3月、バンテアイ・クデイ遺跡(12世紀末頃)で考古発掘実習がはじまった。実習開始から11年目の2001年に、境内から274体の仏像が地下から発掘された。発掘状況からそこは仏像の埋納坑であった。どの仏像も高貴で美しく、観世音菩薩も含まれたアンコール仏。時代は10世紀から13世紀。アンコール遺跡群が世界に知られてから約170年になるが、仏像が一ヵ所から大量に発掘された例はなく、まさに世紀の大発見となった。
 ジャヤヴァルマン7世(1181~1218年頃)は最も多く仏教寺院を建設し、ベンガル湾と南シナ海を陸路(王道)で結び、栄華の大都城を造営し、帝国といわれる大アンコール王朝を建設した王である。中国人はその繁栄の様子を「富貴真臘(カンボジア)」と呼んだ。その次の次に即位したジャヤヴァルマン8世(1243~1295年)はヒンドゥー教を篤信し、王位継承争いに起因して仏像狩りを命令した。今回の大量の廃仏の発見により8世の王命が全国に行き届き、国内の繁栄が維持されていたことが明らかになった。これら仏像の発見によりこれまでの王朝の歴史が塗り替えられた。大量の仏像の発堀はカンボジア人保存官候補の現地研修を始めて11年目の出来事であった。仏像がカンボジア人の手で発掘された事実が公表され、ポル・ポト時代の暗い気分が今回の大発見により払拭され、人々は文化的自負を取り戻した。
 2010年にはさらに6体の廃仏発掘。これまでのアンコール王朝史を書き換える証拠の発掘となる。

アンコール・ワット西参道の修復工事

 調査団は、1993年12月、カンボジア王国政府からアンコール・ワット西参道の北側半分の修復要請を受け、直ちに破壊状況等の調査を開始。周辺の村からは若者を石工や作業者として公募。修復工事のため技能の特別訓練が行なわれ、解体作業が開始された。その工事はNHK番組「プロジェクトX挑戦者たち」に取り上げられ、2001年11月に放映された。 2016年から第2期工事着工。

アンコール・ワット西参道修復第1工区完成―カンボジア人の手で修復工事を完遂―

 1993年12月、アンコール・ワット西参道修復工事に向けて予備調査が開始された。西参道は文化復興と平和構築の現場となった。カンボジア人保存官の養成は、1989年から始まり、西参道の本格的な解体工事は2000年から開始された。保存官研修生数は、石工25人、作業員30人、建築学幹部5人など合計60人であった。2007年10月までに、参道の横壁12段と敷石の二層には保存官たちがラテライト(紅土石)と砂岩を合計約6,000個を積み込んだ。修復工事を通じてアンコール・ワット時代の石積み技能の高さが再認識させられた。2007年11月、第1工区100 mが完成し、カンボジア王国政府の副首相出席のもとに、近隣住民約2,400人が出席して竣工式が行われた。

アンコール・ワット西参道修復第2・第3工区に向けて―日本とカンボジア両国の技術交流研修委員会が共同工事を開始―

 アンコール・ワットは、世界最大級の石造伽藍であり、今から約900年前に接着剤を使わず石材擦り合わせ技法により、65メートルの大尖塔を建設した。私たちはこの建築技術を解明し、往時の伝統工法を一部復元しながらアンコール・ワット西参道の修復工事を実施する。第1工区の第1期工事(1996~2007年、上述)はアプサラ機構と共同でカンボジア人保存官候補の現場研修を実施しながら12年かかって完成した。
その第2・第3工区の第2期工事(2016~2020年)が日本外務省のODA (一般文化無償資金協力:9,400万円)として採択され、遺跡修復に必要な機材が修復現場に届けられた。
(1)工事期間(予定):2016年5月から2020年(4年間)
(2)実施体制:上智大学アジア人材養成研究センターとアプサラ機構が頻繁に「技術交流研修委員会」会議を開き、工事現場では技術研修を実施しながら、施工計画書に基づき工事技術指導を行なっている。この工事現場は一般に公開し、伝統工法を紹介し、創建当初の石積み壁面を一部保存しながら技術的に難しい工事を進めている。
 カンボジアと日本の専門家で構成する第1回「技術交流研修委員会」が2015年に開かれ、現在も両国で開催されている。

アンコール・ワット技術交流研修委員会の設置

 アプサラ機構の協力のもとに西参道第2工区・第3工区は、上智大学の技術助言のもとに、アプサラ機構と上智大学(アンコール遺跡国際調査団)が主体となって修復工事を実施する(2016年5月9日協定調印)
アプサラ機構技術交流研修委員会(アプサラ機構の名簿)
 H.E.Dr. Sum Map アプサラ機構総裁(経済学)(リヨン大院卒)
 H.E.Mr.Ros Borath アプサラ機構 副総裁(建築学)(仏一級建築士)
 Dr.Ly Vanna アプサラ機構 遺跡保存局長(考古学)(上智大院卒)
 Dr.TinTina アプサラ機構対外政策局次長(上智大院卒)
 Dr.Chhean Ratha アプサラ機構遠隔地遺跡次長(日本大院卒)
 Mr.Tann Sophal アプサラ機構 遺跡保存局副局長(考古学)
 Mr.Mao Sokny アプサラ機構 遺跡保存局 技官(建築学)
 Mr.An Sopheap アプサラ機構 遺跡保存局 技官(考古学)

カンボジア人留学生(保存官候補)の大学院教育―学位取得プログラム―

 上智大学は、1998年8月からカンボジアの王立芸術大学卒業生に対し大学院の専門教育を実施している。2015年3月までに博士学位取得6人、修士学位取得11人。全員母国に戻り専門分野のポストで活躍している。例えば、プノンペン大学副学長、閣僚評議会付専門官、アプサラ機構局長や局次長、文化芸術省無形文化財副局長、プノンペン市観光局次長、王立芸大教授など。

アンコール遺跡の環境保護:ISO14001認証取得

 2003年のアンコール地域には53万人の観光客が訪れ、2009年度には約100万人を、そして2016年には450万人を突破した。観光客の急増に伴う膨大な量のゴミ、車輛による大気汚染、未処理の下水によるシェムリアップ川の水質汚染、ホテルと駐車場の建設による自然林破壊、歴史景観の消滅など環境劣化は深刻となり、ユネスコからは大きな懸念が示されていた。この環境悪化に対処するためアプサラ機構は上智大学から支援を受け、2003年5月から「国際標準化機構」(ISO)の認証取得のため職員の環境教育を開始した。日本からは日本品質保証機構、国際規格研究所、品質保証研究所の3機関が環境保全教育に協力し、2006年3月に「ISO14001(環境マネジメント)」認証取得に成功し、同年4月アンコール・ワット境内でISO認証式が行われた。現在はISO更新教育が実施されている。

シハヌーク・イオン博物館の建設

 2002年3月、岡田卓也氏(イオン(株)名誉会長)はカンボジアの植林ボランテイア活動でシェムリアップを訪れ、本センターで仏像274体を検分された。氏は仏像の尊顔のあまりの美しさに感動され、仏像の展示する博物館の建設を提案された。そして、建設費を上智大学にて寄付いただいた。カンボジア政府は建設用地を提供。建設場所はアンコール遺跡入場ゲートの隣地16,200㎡で、建物面積は2階建て1,728㎡である。2007年11月2日、シハモニ国王のご臨席を仰ぎ、落成式が執り行われた。その席で上智大学は274体の廃仏を博物館に収納・展示し、カンボジア王国政府への移管を宣言し、岡田会長からは新博物館の寄贈状がカンボジア王国政府に交付された。入口正面にはカンボジア王国の国章が掲げられ、カンボジアで最も格式の高い唯一の仏像博物館である。

アンコール文化遺産教育センター

 日本国外務省草の根無償資金により、2011年12月にバンテアイ・クデイ遺跡内に「アンコール文化遺産教育センター」を開設し、文化遺産啓蒙教育プロジェクトが本格的に開始された。地域の住民および小・中学校生徒に対する文化遺産啓蒙教育を実施し、すでに2008年からバスで近隣小学校生徒と教員ら約1,200人を遺跡発掘現場に招き、「文化遺産内修学旅行」を実施中である。引続きシェムリアップ州内の小・中学校の生徒を招き、文化遺産の啓蒙教育を実施中。

上智大学のアジア研究拠点から情報を発信

上智大学21世紀COEプログラム(2002~2007年)

 2002年に文部科学省から「地域立脚型グローバル・スタディーズの構築」として採択された。その採択理由に「カンボジア、特にアンコール・ワットの歴史文化の総合調査研究・交流などの業績は評価できる。上智らしい国際性を活かし、グローバル・スタディーズの構築をさらに具体的に進められることを期待する」(日本学術振興会HPより)と明記されていた。

文部科学省「大学教育の国際化推進プログラム」(戦略的国際連携支援)に採択(2006~2009年)

 「文化遺産教育戦略に資する国際連携の推進-熱帯アジアにおける保存官・研究者等の国際教育プログラム」がカンボジアに在るアジア人材養成研究センターで4年間にわたり開講された。このプログラムは大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻に併設され、日本で初めての国境を超えた文化遺産大学院教育である。概要は、英語によるアジア文化遺産の専門講義が実施され、 併せて現場実習が課された。4年間で日・仏・カンボジアの院生約90人が出席した。教授陣は、日・仏・カンボジア・ミャンマーであった。

「上智大学国際化拠点整備事業(旧称:国際化拠点整備事業(グローバル30)」に採択(2009~2013年)

 2012年1月に中川正春文部科学大臣(当時)はじめ随行員10人の日本政府関係者が、国際化拠点整備事業の視察のため、アンコール・ワット西参道現場を訪れた。現地では、本学大学院で学位を取得したカンボジア人 Ly Vanna局長(アプサラ機構)と5人の卒業生、参道の工事現場を担当した技官(石工職)ら総勢19人が出迎え、日本語による質疑応答があり、本学のそれまで21年間に及ぶ国際協力と人材養成の成果を視察。建学の精神と結びついた本学のアジアにおける国際化拠点事業は、先駆的な事業として注目された。

「カンボジアにおける文化遺産保存のための拠点交流事業」(文化庁「国際協力拠点交流事業」に採択(2010~2013年))

 カンボジア現地に在るアジア人材養成研究センターを会場とし、各年度に20人前後のカンボジア人学生に対する専門家養成プログラムが実施され、第1回(2010年)7月~9月、第2回(2011年)7月~9月、2012年1月にはプノンペン大学でシンポジウム形式の公開講座 「International Symposium on Khmerology in PhnomPenh」が開催された。本学で博士学位を取得したプノンペン大学副学長Oum Rauy教授が出席した。

東南アジア5ヵ国における文化遺産保存のための拠点交流事業(略称: メコン・プロジェクト)(文化庁「文化遺産国際協力拠点交流事業」に採択(2014~2016年))

 この拠点交流事業は、東南アジア5カ国の文化遺産現場の担当者がカンボジアのアンコール遺跡に集まり、アプサラ機構の協力を得てアンコール遺跡の修復現場を査察し、直面する各国の遺跡関係諸問題と比較検討しながら、討論される。
1. メコン・プロジェクトの目的
 ①遺跡の修復活動を通して日本と東南アジアの担当者同士の強固な信頼関係を築く南・南協力
 ②東南アジア版文化遺産国際協力モデルを先導
 ③東南アジア文化遺産担当者のネット・ワークづくり
 ④東南アジアの人たちの文化アイデンティティ構築作業
2. プログラムはアンコール・ワット遺跡群の修復現場視察と討論、研究発表、特別講演、カントリー・レポートの発表と質疑応答。雨季と乾季の年2回開催される。参加国はミャンマー、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア 、インドネシア、日本(東南アジア文化遺産研究者)、ワークショップ会場は現地に在る上智大学アジア人材養成研究センター本部(カンボジア・シエムリアップ)

「アンコール・ワット修復人材養成プロジェクト」(国際交流基金アジア・文化創造協働プロジェクト(2015~2017年))

 2016年度から着工されたアンコール・ワット西参道工事は、カンボジアの自立を支援する国際協力事業である。これにはODA(文化無償)として9400万円相当の機材協力があった。アンコール・ワットはカンボジア人の自尊心を高め、アイデンティティの発信源でもある。日本の保存修復の技術移転を実施し、人材養成を行なう文化協力である。2020年までに西参道第2工区・第3工区を完成し、東京オリンピック開催時に日本のアジア世界への文化貢献として公表する(予定)。

カンボジア発のグローバル・スタディーズ

調査・研究活動一覧(公的資金)

研究活動名称 研究課題名称 年度 公的資金
海外学術調査 下ビルマにおけるビルマ人社会の形成に関する研究(1)(2)(3) 1982〜1986 文部省
大学と科学・研究成果公開促進 アジア、その多様なる世界、シンポジウム 1987 文部省
重点領域研究 アンコール文明・マヤ文明の盛衰と環境の変動 1991〜1993 文部省
科研費・国際学術研究 アンコール・トム遺跡学術調査(1)(2)(3) 1994〜1996 文部省
科研費・国際学術研究 熱帯アジア(東南アジア・インド)の遺跡調査における新発掘・保存修復方法論の構築(1)(2)(3) 1996〜1999 文部省
大学と科学・研究成果公開促進 アジア「知」再発見、シンポジウム 1996 文部省
アジアセンター(海外調査) アンコール時代窯跡調査・保存・公開マスタープラン作成プロジェクト 1996〜1998 国際交流基金
アジアセンター(海外調査) カンボジア・シェムリアップ州村落における民族伝統文化材の基礎的調査 1997〜1998 国際交流基金
科研費 国際学術研究
基盤研究(A)
熱帯アジア(インド・東南アジア)3か国の村落と文化遺産の共存モデル案構築研究(1)(2)(3) 2000〜2002 文部科学省
アジアセンター(海外調査) 古窯跡発掘のためのカンボジア人中堅幹部養成特別研修2ヶ年計画(1年次) 1999〜2001 国際交流基金
アジアセンター(出版助成) アンコール・ワット付近から発掘された大量の仏像の調査・研究目録 2002 国際交流基金
科研費 基盤研究(A) 熱帯アジア(インド・東南アジア)における歴史水利都市の調査・研究(1)〜(3) 2002〜2005 文部科学省
上智大学21世紀COEプログラム研究 地域立脚型グローバルスタディーズの構築(1)(2)(3)(4)(5)(6) 2002〜2007 文部科学省
アジアセンター(国際シンポジウム) 文化遺産とアイデンティティとIT(情報技術)-アンコール・ワットと3次元(3D)技術の活用 2004 国際交流基金
大学教育の国際化推進プログラム 文化遺産教育戦略に資する国際連携の推進-熱帯アジアにおける保存官・教育等の国際教育プログラム(1)〜(4) 2006〜2009 文部科学省
科研費 基盤研究(B) カンボジアとインドにおけるナーガ坐仏のルーツ研究(1)(2) 2006〜2007 文部科学省
文化遺産国際協力拠点交流事業 カンボジアにおける文化遺産保存のための人材養成(1)(2)(3)(4) 2010〜2014 文化庁
科研費 基盤研究(A)海外調査 検証 アンコール・ワットへの道(1)(2)(3) 2013〜2015 文部科学省
文化遺産国際協力拠点交流事業 東南アジア5ヶ国のおける文化遺産保存修復のためのネットワークづくり 2015〜2016 文化庁
アジアセンター(アジア文化創造協働プロジェクト) アンコール・ワット修復人材養成プロジェクト形成のための調査・研究活動 2014 国際交流基金
アジアセンター(アジア文化創造協働プロジェクト) アンコール・ワット修復人材養成プロジェクト(1)(2)(3) 2015〜2017 国際交流基金