調査・研究

「アイモン・クレール氏講演会(Lecture by Prof. Aymon Kreil)」(2019年2月27日(水)上智大学)

2018年度報告

【日時】 2019年2月27日(水) 17時30分~19時30分
【会場】 上智大学四谷キャンパス 2号館7階 730会議室

「アウト・オブ・フレームではなく『Out-of-field』へ」

 2019年2月27日、上智大学研究機構イスラーム研究センター主催によるゲント大学エイモン・クレイル(Aymon Kreil)氏による講演会「In the Shade of the Square: Revolutionary Cairo Out-Of-Field」が行われた。クレイル氏は、エジプトのカイロをフィールドとする人類学者である。本講演では、2011年および2013年の現地調査中に遭遇したカイロの「1月25日革命」経験とそこで観察された事例をもとに、「1月25日革命」の現場と目されるタハリール広場の外で営まれていた日常の風景から「革命」についての分析が検討された。

 2010年末、チュニジアを発端としてアラブ地域に広がりをみせた所謂「アラブの春」は、学術界内外の高い関心を喚起し、多くの論稿が出版された。こうした盛り上がりは、出来事そのものが耳目を集めるものであったのみならず、近年の「資金援助」をめぐる状況や、エジプトの場合には研究者によるエジプトという調査地への愛情をも反映させたものであるとクレイル氏は指摘する。そんな中、彼がとりわけ関心をよせるのが、非日常の出来事における「正常性(normality)」である。
 突発的な出来事としてだけではなく、広くエジプト社会に文脈化した「1月25日」革命の理解を探求するにはどのような方法があるのか。そこでクレイル氏が分析枠組みとして用いるのが、ドゥルーズによる「out-of-field」である。

 「Out-of-field」とは、実際に起こり存在するが、人々の関心の焦点でないために見ることや理解することが難しいものごとを指すドゥルーズの概念である。クレイル氏は、「1月25日革命」で象徴的存在となったタハリール広場と、それ以外の場所で営まれていた日常との往還を説明する上で、時間と空間、すなわちタハリール広場の象徴性の背後にある歴史性とその意味合い、さらにはカイロの日常生活で生きられる外(危険、混沌)/内(安全、正常)の二つを隔てる空間の「区切り」の概念が重要であると指摘する。この二つの概念をめぐり、クレイル氏によれば、2011年から2013年のカイロは二つの異なる方向性に引き裂かれていたという。

 分裂状況にあって、カイロに生きる人々に顕著に表れたのが、冒頭に述べた「正常性」への希求である。「正常性」の強調は、当時、混乱の終息を目指したエジプト政府によっても盛んにおこなわれていた。政府は反政府活動家たちを混乱の担い手と名指し、彼らの活動を糾弾した。同時期、一般の人々は、良きエジプト市民を意味する「イブン・エル=バラド」というアイデンティティのもとに、政府の介入によらない国家の平穏を目指し、(介在者が象徴する)「政治」への不信感を高めていた。クレイル氏によれば、こうした「政治」への不信感や抵抗感こそ、タハリール広場以外で生活を営む普通の人々に共有されていた感覚であった。クレイル氏は、ある書道家が彼の工房にて政治の話を拒否する友人とのやり取りを詳細に記述し、混沌の中で社会が分断されうる危機が身近にあったからこそ、自らの生活空間において分断を逃れ「正常性」を取り戻すための知恵として、政治忌避が重要であったとする分析を提示した。

 本講演に対し、コメントを行ったのが、同じくエジプトをフィールドに人類学的研究を行っている竹村和明氏(東京外国語大学 日本学術振興会特別研究員)である。竹村氏は、エジプトの砂漠開発を専門とし、クレイル氏と同様2011年の「1月25日革命」時にカイロに滞在し、そこで得た経験をもとにコメントを行った。竹村氏のコメントではまず、周辺や近接の空間、周囲を取り巻く環境への関心と、大きな出来事につながる人々の心情や日常生活での出来事への注目という問題意識が高く評価された上で、1)ドルーズの「out-of-field」を、「1月25日革命」に援用する意義とその可能性について、2)さらには、周辺や近接の空間いったものの定義、最後に3)「1月25日革命」とそれに続く出来事をけん引した、人々がもつ「正しい行い」への希求の基盤としての宗教の役割について質問がされた。これに対して、クレイル氏からは、「out-of-field」への関心の裏には、ドゥルーズへの傾倒というよりは、時間と空間に関心を向けたフィールドデータの分析の必要性があることが示された。

 本講演は、「1月25日革命」という出来事を、政治的展開だけでなく、人々の生活の延長線上に位置づける試みである。クレイル氏も講演に先立ち言及したように、エジプトにおいて、「1月25日革命」の発生とそれに続く政権転覆を予見できた研究者はほぼ皆無であり、こうした反省に基づいた上で、回顧的にその限界を乗り越える重要な取り組みとして、本講演を位置付けることができるだろう。この点において、人々の日常生活を大きな社会的文脈に位置づけ、かつ動態性を意識しつつ、人々に共有される背景を提示する本講演は画期的であり、その重要性は高く評価されるべきであろう。
 しかしながら、考察の中心である書道家のやりとりをめぐる豊かなで詳細な記述が、「政治忌避」という単一の政治的態度に回収されてしまった点には失望が残った。事例から立ち上げる分析を目指すのであれば、「1月25日革命」をめぐる既存の問いへの回答以上に、「1月25日革命」をより豊かに理解できるような方向で事例を提示・分析することも可能であったように思われる。「out-of-field」が、そこ(フィールド)にありながら、見えないものへのまなざしであり(out of-field)、また中心にあてはまらない周辺(out-of field)の重要性を喚起させる概念であるのなら、フレームの外でありながらフィールドには存在する、その豊かな世界を描きだすことこそが、「1月25日革命」の理解を発展させる上でも、人々の日常生活から立ち上げる民族誌的分析の魅力を伝える上でもより高い効果を発揮できるように思われるのである。換言すれば、本講演は、『out-of-field』の中でもアウト・オブ・フレームという限られた要素に着眼するものであった点に、若干の物足りなさが残るとともに、今後の展開が期待されるものであった。


(文責:鳥山純子 立命館大学国際関係学部准教授)

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