◆◆38号(1998/12/25)から◆◆

 「われら社会人」-お元気ですか

シカゴから

 月日の経つのは早いもので、大学院に留学する目的でアメリカの土を踏んだのは、今から七年前のこと。今年で八回目のクリスマスを迎えます。

 私は現在、ウインドシティと呼ばれるシカゴで、エイオン・リスク・サービスという、保険ブローカーでシニアコンサルタントとして働いています。

 保険ブローカーとは、聞き慣れない言葉ですが、一言でいえば、保険調達一般からリスクマネジメント分野における、コンサルタント業務です。こちらに進出してきている日系の企業が、例えば、現地で工場を建てるときに必要とする保険の手配といえば、分かりやすいでしようか。

 大学院では社会学を専攻し、日米文化の比較について勉強したのですが、今のこの業界で、果たしてその学位が役に立っているかというと、とても疑問です。強いて言えば、女性の雇用法や職場での差別等に関して勉強した分野は、雇用慣行賠償責任保険を説明するときにちよっとは役に立っているかも知れません。セクシャルハラスメン卜のようなホットな社会現象も、この保険のカバー範囲です。

 アメリカで働いて痛感していることは、この国では専門性が命だということです。つまり、日本の企業で必要とされるジェネラリストは、アメリカではまったく通用しないのです。合併吸収、レイオフ等が日常茶飯事のこの国で生き残るためには、自分の専門性が確立したスペシャリストになることは必須条件なのです。

 現在働いている会社も二年前に他の保険ブローカーに買収され、約三分の一の従業員が解雇されました。私は日本語がしゃべれるという、この国では特殊技能を買われたのか、運よく残ることができ、現在に至っております。

 実は来年、一つの区切りとして日本に帰国しようと考えています。自分の専門性が確立したとは、つゆほども思ってはいませんが、三年がかりで挑戦していたCPCU(公認損害保険士)という資格が取れたことと、今の自分が日本でどれだけ通用するのかためしてみたいという気持ちが強まっての帰国決心です。

 大好きなシカゴを離れるのはちょっと寂しい気もしますが、気持ちを新たに、今後は自分の母国で頑張って行きたいと思っています。

            (平成元年卒)

 理想の結婚生活と現実 

 理解があって、やさしいだんなさま、かわいい子供に囲まれ、今日は陶芸、明日はフラワーアレンジメントのお教室。今週の友達とのランチには何を着ていこうかしら。バッグはエルメス、靴はフェラガモ……。そ、そんな主婦なんている!?            

 私が現在、勤務している『Grazia』編集部では、三十歳代からの主に、主婦を対象にした月刊誌を作っています。〃おしゃれも、生き方も、気取らない上質〃をキーワードに、クラス感のあるライフスタイルを提案しています。

 私は主にファッションページを担当をしているのですが、スーツ三十万円、バッグ三十万円、指輪六十万円……と一カットあたりの総額が百万円を軽く超えることも。だからといって、必ずしも優雅な生活を送っている女性だけが、読者ではありません。むしろそのような生活をしている人のほうが少ないのでは。けれども雑誌を手にしている少しの間だけでも夢を見られたらと思いつつ作っています。

 さて、優雅で贅沢なページを作る毎日とは……。昼過ぎの出社が多く、うらやましいと言われることもたびたびだが、帰りは夜遅く。朝からきちんと出て、普通の時間で仕事を終えるのがいいのではと言われて、朝から行くと、あるのは電話番の仕事のみ。

 スタイリストが洋服を借りに回って、コーディネイトをみるのは深夜。ライターが取材を終え、原稿があがってくるのも夜。印刷所から原稿が上がり、校正したものが校閲部から戻ってくるのも夜。ということで、どうしても夜遅めの仕事が多くなりがち。けれども、撮影の日ともなれば、早朝六、七時(遠出をするときには、五時頃になることも)に集合、取材があれば当然午前中に出かけるし。

 びっくりするくらい、不規則な毎日。三十路を過ぎ、体力的には厳しい。と、文句を言いながらも続けているのは、自分の裁量で出来る自由な部分が多いし、結局は仕事が好きなのかもしれません。

 女、独身三十四歳。今日も理想(憧れ?)の結婚生活を思い描きつつ、高価な商品に囲まれ、働く毎日です。

                                 (昭和63年卒)