卒業生の声

安直な思いつきが人生をきめた私の場合

1995年度卒業生 山幡 康二(公認会計士)
宮古島にて

宮古島にて

卒業生の山幡と申します。史学科で独自のHPを立ち上げるとのこと、在学中お世話になった豊田浩志先生から、ご案内いただきました。昔のことなどを思い出しながら、雑文を書かせていただきます。どうぞお付き合いください。

私が上智大学に入学し、豊田先生に初めてお会いしてから、かれこれ四半世紀になります。当時の豊田先生は40代前半(今の私とほぼ同年齢ですね)。情熱的な若き研究者、という印象でした。先生のシャイなお人柄の裏返しだと思いますが、時折出る憎まれ口が、ユーモラスで面白かったですね。

実は、入学当初、私は西洋史にそれほど興味はなく、日本の近現代史を勉強するつもりでいたのですが・・・豊田ゼミに在籍することになったのは、1年次に受講した豊田先生の授業が印象的だったからだと思います。研究に取り組まれる姿勢に情熱を感じ、そこに惹かれるものがありました。

当時の私は(今も?)、西洋史に詳しくなかったものですから、まずは弓削達先生の『ローマはなぜ滅んだか』から読み始め、豊田先生にも書籍を貸していただいたりして、徐々に豊田ゼミ生らしくなっていったように記憶しています。

確か2年次だったと思いますが、歴代のローマ皇帝について、英文で書かれた専門書を豊田先生と一緒に読み進める授業があり、とても面白かった記憶があります。それが直接のきっかけで、「卒論のテーマはローマ皇帝にしよう!」と思い・・・さあ、ローマ皇帝のうち誰にしようかな・・・そして選んだのが、セプティミウス・セウェルス(在位:193年−211年)。「アフリカ出身の初のローマ皇帝」として有名な人ですね。
「アフリカ出身の初のローマ皇帝」を選ぶところが、何とも自分らしいと思います。「安直で軽薄」という意味で。

セプティミウス・セウェルスについてちょっと補足しますと、「アフリカ出身の初のローマ皇帝」・・・このイメージが独り歩きしている・・・独り歩きさせようとする人がいる・・・という、そんなローマ皇帝です。彼の実像に迫るのではなく、「アフリカ出身」に意味を持たせ、何らかの思想・イデオロギーを語る際に利用する・・・(そうなると、歴史研究ではなく、創作活動ですね)。
もっとも私の場合は、特に深い考えもなかったわけですが。

ちょっと脱線しました。何を書いているのでしょう。
脱線ついでに、もう少し脱線して、在学中に勉強したこと、そして現在に至るまでのことなど、ダラダラと書いてみます。
勉強熱心な学生というわけではなく、単に、気まぐれだっただけなのですが、歴史以外にも勉強したいと思い、選択科目で、経済学部、法学部、外国語学部の授業も受講しました。会計学と会社法が面白かったですね。

もともと英語は好きな科目でしたが、上述の豊田先生の英文講読の授業や、先生にお借りした英文の専門書を読んだりして、英語に親しんだ結果なのでしょう、TOEICで思いのほかいいスコア(700点台ですが)を取ってしまったことから調子に乗り・・・プロの通訳者が教える外国語学部の「通訳入門」という授業を受講したことがありました。
とても印象的で、今でも思い出します。「英語で話した方が楽」という帰国子女たちに囲まれ、苦行のような半年間でした。私はお地蔵さんのように、ずっと固まっていました。

この授業で先生から、とても印象に残る言葉がありました。「英語は道具にすぎません。何か専門の分野を作ってください。英語が専門という人はいりません」という言葉に、いろいろ考えました。私は何を専門分野にしようかと。

ちょうど会計学と会社法が面白いと思っていたこともあり、何を勘違いしたのか、公認会計士試験の勉強を始めてしまい(安直で軽薄!)・・・苦労しましたが何とか合格することができ、会計監査の仕事などを経験して、現在に至っております。
現在の勤務地は沖縄です。海が綺麗でいいところですよ。

まったくまとまりのない、文字通りの雑文になってしまいました。失礼しました。
豊田先生をはじめ、史学科関係の皆様の、ますますのご活躍とご健康を祈念しながら、筆をおきたいと思います。

2014年6月28日
梅雨明けの沖縄にて

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