卒業生の声

古代世界への憧憬、あるいは大いなる壁との対峙

2012年度卒業生 岡 典広 (ITサービス業 システムエンジニア)
ローマ、コンスタンティヌスの凱旋門前にて(2013年撮影)

ローマ、コンスタンティヌスの凱旋門前にて(2013年撮影)

 私が上智大学史学科に籍を置いていたのは、2009年から2013年の4年間で、専攻は古代ローマ史でした。高校の世界史では、僅かに触れる程度か、素通りされることさえある古代ローマ史ですが、近年ではマンガ・アニメ・実写映画などで人気を博した『テルマエ・ロマエ』の影響もあって、その文化に触れる機会は幾分増えているかもしれません。ローマには、現代のコンクリートを遥かに上回る耐久年数を誇るとされる「ローマン・コンクリート」を用いた巨大建造物や、「すべての道はローマに通ず」の言葉と共に地中海世界の至る所に張り巡らされたローマ街道といったダイナミックな古代技術の結晶が今なお残されており、私はその高い技術力と、卓越したインフラの魅力に惹かれて専攻を固めました。現在勤めている、システムエンジニアという一見文学部との接点が薄く見える職種を選んだのも、後代の人間が驚愕するようなインフラを作るという仕事に憧憬を抱いたがゆえのことでした。

 約2000年もの古の時代にこれほど優れた技術体系を築き上げるのだから、ローマ人という人々は現代人よりも遥かに優秀な人種で、もし現代の人々が同じ環境・条件下に身を置いたのなら、これほど盤石な生活基盤を築き上げることなど到底できなかったのではないかという考えが、実のところつい最近に至るまで私の頭の片隅にはこびり付いていました。

 就職して約1年半が経ち、実際にシステムの設計・開発・納品まで携わる身になってみてわかったのは、優れた体系というものは、最先端の技術を惜しみなくつぎ込めばできるというものではなく、見た目以上に細かな、本当に驚くほど細かな作業と、堆く積まれた過去の失敗に対する是正、試行の山ででき上がっているのだということでした。先人が犯した過ちとその対策をきちんと記録に残す、後世の人間がそれを正しく受け継ぐという知のリレーが幾年も続いて初めて、人の生活の基盤、インフラとしての形を得られるのです。

 先進的でスマートなイメージを持たれがちな“IT企業”の中でも、現場では口伝でしか知り得ない情報や技術がごまんとあるのが現実です。言葉や手業ではなく書物として残すことがいかに大切かということは皆重々承知していながらも、目の前の仕事に忙殺される中でいつしかその作業は捨て置かれ、有識者が現場から離れると共にその知の断片は歴史の彼方へと消え去ってしまうのです。

 今も昔もそうした性が人の精神に根付いているのだとすれば、ローマ社会のインフラを築いた人々の真に称えられるべき成果は、その優れた技術力そのものではなく、個人あるいはごく限られた共同体の中で終結しがちな技巧や職人業を、「体系」として確立させる努力、さらにはそれを維持し伝播させる手間を惜しまなかったこと、平たく言えば、「きちんと書いて残す」という当たり前の作業を誰もが弛まずやってのけてきたことではないか、と私は思います。

 現在上智大学史学科に身を置く皆様、あるいはこれから上智大学史学科の門戸を叩こうとする受験生の皆さんには、果たしてその「当たり前」を本当に当たり前にやれるだろうか?という問いをぜひ、日々の講義の中で、あるいは期ごとに立ちはだかるレポートを書き上げる中で、幾度も幾度も自らに投げかけてみてください。その問はきっと社会に出てからもずっと、どころか齢を重ねれば重ねるほど真剣に対峙せねばならなくなる人生の大いなる壁であり、大学生活の中でその姿をしっかり目に焼き付けておくことは、今後の人生の大きな糧となるはずです。ほんの少しばかり人生の先を行く、日に日に強大さを増すその壁の存在に戦慄く一先輩からの僅かばかりのアドバイスとして頭の片隅にでも置いてもらえれば、史学科の卒業生としてこれほど嬉しいことはありません。

 最後に、在学生の皆様ならびにやがて入学される受験生の皆様、そしてそんな皆様を厳しくも温かくご指導下さる先生方の活躍と、上智大学文学部史学科の今後益々の発展を祈念して、私の「卒業生の声」とさせて頂きます。最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。

同、快晴の下に聳え立つコロッセオ(2013年撮影)

同、快晴の下に聳え立つコロッセオ(2013年撮影)

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