【特別寄稿】哈爾濱(ハルビン)学院記念碑祭に参列して

秋山真一 (ブログ原稿筆者:青木緑さん)

 4月16日(月)高尾霊園にて哈爾濱(ハルビン)学院記念碑祭が行われました。今年は卒業生の青木緑さん(2010年卒業・50期生)が参列し、記念碑祭の様子を原稿にしたためてくれましたので、本人の承諾を得て教員ブログに掲載したいと思います。

 *-*-*-*-*(以下、青木緑さんより)*-*-*-*-*
 ロシア語学科3年生の時に「哈爾濱(ハルビン)学院顕彰奨学金」をいただきましたが、これまで、哈爾濱学院と自分自身のつながりを意識したことは、ありませんでした。地方勤務を経て久しぶりに東京に戻ってきた去年、学院の関係者とお会いしたことをきっかけに、毎年4月に東京・八王子の高尾霊園で行われている「哈爾濱学院記念碑祭」に、私も参加するようになりました。

 4月16日、今年で19回目となる記念碑祭がしめやかに執り行われました。元学院生や遺族など、およそ100名が参加し、この1年で亡くなられた8名(判明者を含む)の分骨や遺品が納められました。

 

八重桜とウグイスの鳴き声を背景に執り行われました

八重桜とウグイスの鳴き声を背景に執り行われました

 今年の記念碑祭に参加された元学院生は4名。5年前は27名もの参加があったとのことですから、当時を知る方々が減ってきていることを、さみしく思いました。元学院生のお話によると、学院では、1週間で20時間以上、ロシア語の特訓を受けていたそうです。私たちの「地獄のロシア」よりも、よっぽど厳しかったことでしょう。どのような思いでロシア語を勉強されていたのか、お話をうかがうチャンスは、わずかしか残されていません。

 「自分は旧満州生まれで、ロシア語もロシア人も大好きだ」。
 「亡くなった父が学院出身だったが、生前、そのことはほとんど話していなかった。だからこそ、学院やハルビンのことを知りたい」。
 学院との直接の関係はなくても、ハルビンにある自分のルーツを知りたい、という思いで参加されている方が多くいらっしゃったのが印象的でした。

本学からはムヒナ先生、歴代教員として外川先生、井上先生が参加されました (左端が筆者=青木緑)

本学からはムヒナ先生、歴代教員として外川先生、井上先生が参加されました
(左端が筆者=青木緑)

 1920年から25年間、遠い満州の地で、ロシア語と格闘した大先輩たち。その姿は、今の私たちにもつながっています。哈爾濱学院に縁のある1人として、記念碑をずっと守っていきたい、と心から思いました。