1957年

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回想 サルスエラ「LA VIEJECITA」のこと

 

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本邦初演のサルスエラということで、何か歴史的に意味があるように思われるが、これに出演した我々学生達は、それまでサルスエラというものを見たこともなく、初演ということの意識や気負いはあまりなかったと思う。
この劇はタイトルのとおり、一人のおばあちゃんを主演にした時代劇であるが、この公演に関しては資料が何も残されていない。
当時のことで映像記録や録音はなかったし、プログラムや台本、譜面といったものも消失してしまっている。僅かに残っている数葉の写真から出演者の顔ぶれや舞台の雰囲気を偲ぶことしかできない。
当時、スペ研で発行されていた「CORREO」誌には関連記事が掲載されていると思うが、それがどこかに残っているかどうか。
あとは、出演者の記憶に頼るしかないが、何分半世紀以上を経て出演者も高齢化し、その記憶も不確かなものになってしまっている。
私の場合も例外たり得ず、当時のあれこれを回想しようとしても、すべてが霧の中にかすんでしまっていて、劇のストーリーも、公演を終始指導してくださったスペイン人神父様のお名前すら想い出せない。
まことに頼りない話ではあるが、それでも残された記憶をたどり、比較的はっきりと印象に残っていることだけでも書き出してみたい。

この劇が上演された1957年1月といえば、イスパニア語1期生にとって2年次の学期末に当たるが、どうにかスペイン語の中級が理解できるようになった程度で、語劇を演ずるには未だ力不足であったと思う。それでもサルスエラをやろうということになったのは、指導に当たられたスペイン人神父様の熱意と、好奇心の強い学生が大勢いたからだったと思う。この神父様は、ピアノだけを使って音楽面から演技のひとつひとつまで全てについて一人で指導してくださった。それまで演劇の経験もなく、音譜も読めない私共をして、なんとかかっこうのつく劇にまとめあげるのには、非常なご苦労があったと思われる。

 

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次いで特筆されるべきことは、やはり他校の女子学生との共演が実現したことである。当時の上智には女子学生は在学していなかったので、主役を含めた女性出演者を校外に求めざるをえなかった。どのようなツテがあったのか知る由はないが、武蔵野音大等から7~8人の女子学生が共演していただけることとなり、これが上演を可能にした鍵となった。彼女たちの中には声楽専攻の人もいて、サルスエラの音楽的な魅力とその出来映えは、彼女たちの美声に負うところが大であった。さらに女子との共演は、我々男子出演者を大いにハッスルさせ練習にも一段と熱が入るという現象を生んだ。     

練習会は、いつも1号館4階の大講堂に全員が集合し、神父様のピアノの先導でソロやコーラスの練習が繰り返された。当時の学内は学生数も少なく、女性の姿はなく、キャンパスには、厳粛な空気がただよっていたが、その一角から時折華やいだ混声コーラスが流れていった。       

私事であるが、この頃私はある学生連盟の活動に参加していて、その関係でときどき練習会に出られないことがあった。私一人が欠けることで、みんなに迷惑をかけることになったが、こんな状況を見兼ねたのか、女子学生の一人から個別の特訓をしてあげてもよいとの申し出があり、何度かマンツーマンの指導をしていただいた。アミーガもいなかった私にとってそれはとても楽しいひとときであった。

 

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1957年頃は、未だ貧しさの残っていた時代で、アルバイトに追われている学生も少なくなかった。
このサルスエラでも、時代劇の舞台を盛り上げるための大道具、小道具などは、資金がなく何もできなかった。だが、残っている写真を見ると、出演者の衣装は中々立派で、スペインの時代劇らしい雰囲気が充分にかもし出されている。
実はこの衣装は、1期生の中谷君の実兄昇氏が劇団文学座の俳優さんであった縁で同劇団から借用できたものである。この衣装は舞台を盛り上げるうえで、大きな効果があった。因みに、私は劇中、英国士官という役柄を演じたが、腰に帯びたサーベルは、以前文学座がハムレットを公演したとき、主演の芥川比呂志氏が使用したものであったそうで、たいへん光栄に思ったことであった。

この劇の主演をつとめたのは、音大、声楽専攻の方、お名前を失念してしまったが、よく解らないスペイン語で、長いソロをしっかりとこなしてくださった。準主役は1期生の八戸公明君と和田稲雄君、脇役が新井範明君と私、出演者は25人前後で、うち女子が7~8人であった。2期生で参加した者の中には、後年上智の教授になられた高山君、民放アナウンサーで活躍された吉岡君などもおられた。

1期生と2期生の絆は、今でも強いように思われるが、スペ研活動やこのサルスエラをいっしょにしてきたことからであろう。

本番は、たったの一回であった。当日、会場となった1号館の講堂には駐日スペイン大使他、中南米各国の在日公館の方々、その家族等を含め多くの観客が集まり大層な賑わいであった。
当日、出演者は夭々に盛装し、メーキャップをして晴れの舞台に立った。とにかく全員とても緊張していたし、無我夢中の演技であったと思う。
幕が下りると観客から盛んな拍手をいただいた。初めて味わう感激であった。出演者みんなの顔には安ど感と達成感が現われていた。

 

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今になってみると、このときの拍手と感激が、翌年も語劇をやろうということにつながり、さらに、その後今日まで語劇が続いてきたことの原点になったように思える。

劇中に、一ヶ所だけ私のソロがあった。女子学生から特訓までしていただいたにもかかわらず、なんと本番で大トチリをしてしまった。
極短いソロであったが、タイミングよく歌えなかったのである。すぐに失態に気付いたものの既に万事休す。ああ劇全体を台無しにしてしまったと思うと、悔やんでも悔やみきれず、この思いは今でも苦渋の一滴のように残っている。
私にとっては、それこそ人生に一度の晴れ舞台、もう少しかっこうよく演じていればという思いである。
 
この公演を振り返ってみるとき、出演者側にとっては、練習会、本番を通して、とにかく楽しく、忘れ難いよい想い出を残すことができたと思うが、他方、観客の側に立ってみれば、果して劇そのものを本当に楽しんでいただけたのかどうか、疑問であり、不安が残る。
私の大トチリを含めて、劇の完成度は、それ程高いものではなかったに違いない。
それでも観客のみなさんは、スペイン語にも未熟な学生達が、果敢にサルスエラに挑んだ、その勇気に対して拍手を送ってくれたのだと思う。

 

1955年入学(第1期生)堀口進一  2011年5月29日 記

1期生堀口進一さんのエッセイの一部を、ご本人の許可のもと掲載します。写真は1期生豊田正喜さんにもご提供いただきました。

 

上智大学新聞掲載記事

スペイン語のオペレッタ ”ラ・ヴェシイタ”を上演

スペイン語文化研究会は、十九、二十日の両日、本学講堂でスペインのオペレッタ「ラ・ヴェシイタ(おばあちゃん)」をスペイン語ではじめて公演した。

これは駐日スペイン大使館と武蔵野音楽大学の協力を得ておこなわれたもので、日本では初めての試みである。

二十日には駐日スペイン大使をはじめ数多くのスペイン人や中南米関係者が鑑賞して、他国で演じられている母国語の芝居に拍手を送っている姿が見られた。

なお、これはソフィア祭に上演する予定だったが中止になったため延期していたもので、五月のはじめおこなわれるフレッシュマン・ウィークに再上演されることになっている。同研究会では今後一年に一度ずつこの種のオペレッタを上演する予定である。