VOL.22
1960年卒業
武蔵野音楽大学名誉教授
古池好さん
ASF1

第5回外国語学部ドイツ語学科同窓会・講演会

【2017年5月28日に開催された第5回外国語学部ドイツ語学科同窓会内の企画として、古池好武蔵野音楽大学名誉教授(1960年ドイツ語学科卒業)による「大使館の窓から眺めた四半世紀の日ー在日ドイツ大使館の勤務を通してー」という講演が行われました。】

大使館の窓から眺めた四半世紀の日独関係
— 在日ドイツ大使館の勤務を通して —

1960年の春ドイツ語学科卒業と同時に在日ドイツ連邦共和国(西ドイツ)大使館に勤務し、1987年まで主に8人の大使の仕事をお手伝いしてきました。この四半世紀は、今日の日独関係の基礎が築かれた時期と符合します。そこで、大使館でのこの体験と見聞を基に、この時期の日独関係を、政治面を中心に観察してみたいと思います。

日独両国の目覚ましい復興が世界の注目を浴びる中、1960年3月アデナウアー首相が国賓として来日しました。戦前戦後を通じて、ドイツの首相として初めて、また戦後国賓として訪日した最初の外国首相として内外に強い印象を与えました。これに続いて1963年にはリュプケ大統領が国賓として、また欧州の元首として初めての訪日を果たしました。その際日独外相定期協議の開催と、日独双方に国際文化交流の柱となる文化会館を建設する協定が締結されました。また、その前年には、訪日したゲルステンマイア連邦議会議長と清瀬衆議院議長が、両国議会にそれぞれ友好議員連盟を結成することに合意、現在も活発な議員交流が続いています。

アデナウアー首相訪日の9年後には、キージンガー首相が、また1970年(大阪万博)にはハイネマン大統領が政府賓客として来日。その後1978年4月にはシェール大統領が国賓として来日するとともに、10月にはシュミット首相も来日され、翌年には東京サミット出席のため再度訪日しています。1983年にはコール首相も日本政府の招待により公式訪問するなどドイツの首脳の訪日が続きました。日独間には幸い首脳が協議を重ねて解決すべき問題が存在しなかったので、これらの訪日は専ら友好親善の促進に向けられていました。

その反面、幕末・明治以降ドイツに対し共感を抱く多くの有為の人々が輩出した時代が去り、戦後の急激な米国シフトによりこの水脈が細り70~80年代にはそうした人々が舞台を去ってゆきます。今まであまり意識しなかった若者たちの育成が急務になった時期です。追い打ちをかけたのが、大学設置基準の改定によるドイツ語バブルの崩壊です。また、急速なグローバル化と、日独間に別段の問題が存在しないが故に生じる相互の関心の低下があります。つまり「日独関係の唯一の問題は、問題のないことである」(グレーヴェ大使1971年~1976年・駐日大使)。

ドイツとの二国間関係も次第にEUを当事者として処理されることが多くなったとは言え、EU最大の加盟国であり、日本と多くの価値観を共有し、力を合わせて国際社会の課題の解決にとり組める立場にあるが故、今後も両国関係の重要性が減じることはありません。

 上智大学とドイツは、歴史的に見て切っても切れない関係にあります。その本流にあるのがドイツ語学科ではないでしょうか。ここで学ばれた皆様は、150余年の伝統を誇る日独関係の促進に最も貢献できる立場におられます。皆様の益々のご活躍をお祈り申し上げる次第です。

講演会の様子
㈮古池好様講演の様子1