目には見えないものとの出会い

金川 澪里

「大切なことは、目に見えないからね。(L’essentiel est invisible aux yeux.)」世界中で有名な『星の王子さま』の一節です。この小説を書いたサン=テグジュペリの生まれ故郷であるリヨンに私は留学していました。 

 フランス第二の都市とも呼ばれるリヨンには、たくさんの大学や語学学校がありますが、私が通っていたのは法学や文学、言語などの学部がある文系のリヨン第三大学です。リヨン第三大学には留学生のためにDEUF(フランス語で学ぶ)とSELF(英語で学ぶ)という二つのコースがあり、私はDEUFに所属していました。DEUFにおいては、指定された範囲内であれば非常に柔軟に授業を受講することができ、留学前に自分が登録した学部以外の授業も自由に取れます。私はフランス語の強化を目的に日本語学科の授業を多く受講していましたが、その他文学の授業なども受けていました。また、他学科でも興味のある授業を時々聴講することもありました。 

 リヨン第三大学は、毎年多くの留学生を受け入れている大学なので、留学生に対するシステムはしっかりしていると思います。一度、授業の登録名簿から私の名前が消えるというトラブルがありましたが、その時も国際部の方々が親身になって解決して下さいました。また、寮の手配なども大学が斡旋してくれるので、問題なく進めることができました。日常生活においては様々な問題がありましたが、大学生活に関しては比較的順調であったと思います。いずれにせよ、この登録名簿についてのトラブルでもそうでしたが、フランスにおいては何か問題が発生したら即座に誰かに相談し、解決するように何度も訴えることが必要です。ためらわずに、粘り強く主張することが、問題解決のコツだと思います。

Lyon3のキャンパス。生徒数に対しては狭いのでいつも混み合っている。

Lyon3のキャンパス。生徒数に対しては狭いのでいつも混み合っている。

 

 ところで、みなさんは留学先を決める際に何に重点を置くでしょうか。人によって様々な基準があると思いますが、私はリヨンと言う土地に惹かれて決めました。私は幼い頃からカーテンなどの装飾品や洋服などに使われている素材、つまり生地やリボンなどに関心があり、リヨンは昔繊維産業(絹織物)で栄えた街だと聞いてそこに留学したい、と思いました。 
 リヨンにはかつて実際に絹織物が生産されていた工房がいくつか残されており、見学することができます。そこには本物の機織り機があり、解説員が機織りを目の前でデモンストレーションしてくれる所もあります。私もいくつかの工房を見学したのですが、新たな発見がたくさんありました。

機織りデモンストレーション。この日は花柄の布を織っていた。

機織りデモンストレーション。この日は花柄の布を織っていた。

 

  一番衝撃的だったのは、機織りがとても手間がかかるということでした。完全に手動の機織り機だと、何種類もある糸を柄に従ってその都度変えたり、足や手を使って機織り機を動かしたりなど、布をたった一センチ織るのに多くの時間と手作業が必要です。私は、機織り機があれば誰でも簡単に布が織れるものだと思っていましたが、実際に見てみて何年も訓練しその技術を習得した人でないと扱えないものだ、と気づきました。また、手や足を動かすだけではなく頭も使わなければならず、演奏家が譜面を暗記するように、布の図柄もある程度は頭の中に入れておかないといけません。

電動タイプの機織り機。現在は合成プラスティック入りの糸が使われているが、昔は本物の金が織り込まれた糸を使っていたそう。

電動タイプの機織り機。現在は合成プラスティック入りの糸が使われているが、昔は本物の金が織り込まれた糸を使っていたそう。

 

  それほどの労力を要するので、リヨンの織物は昔も今もなかなか高級品です。その昔は、ヴェルサイユ宮殿にあるパスマントリー全てがリヨンで作られていた程栄えていた繊維産業ですが、今日においてリヨンで稼働している工房は数件、作られている製品も限られています。美しい絹織物がとても貴重で、たとえ高価でも需要があった昔とは違い、現代においては機械や技術の発展により細かな刺繍や複雑な模様の布でも安く作ることができるので、機織り機を使用していたらとても太刀打ちできないのです。 

 工房見学の際に聞いたある解説員の方の「機械で、機織り機で織られた布と全く同じものを作ることはできる。クオリティも変わらないだろう。けれどもその二つの布はやはり異なるものだ。」という言葉が深く心に残りました。見た目は変わらない二つの布。ここで言う“違い”は目には見えません。しかし、その“目には見えないもの”が全てを物語っているような気がします。

 思えば、私の留学生活は“目には見えない大切なこと”で溢れていたように思います。異国の地での生活は、思うようにいかないことも、悲しくなることもあります。そんな時こそ日本で暮らしていた時よりもずっと人の優しさに敏感になれます。挨拶をしてくれたり、ドアを開けてくれたり、些細なことでも目には見えない人の温かさを感じ、そのようなことが留学中の大きな支えでした。何気なく生活していると、どうしても目に入ってきた情報だけで色々と推測してしまいますが、実は見えることの奥にあるものを捉えようとすることが大事であると気づかされました。 

 留学で得たものや経験したことは人によって様々です。誰しもが人と異なる留学をします。だからこそ、その人にとってかけがいのない思い出になるでしょう。もし留学を迷われている方がいたら、私が言えたことではないのですが、思い切って挑戦して欲しいですし、リヨンを候補地の一つとして検討してくれたら嬉しいです。また、これからフランスに行かれる予定がある方も、ぜひリヨンに行ってみて下さい。 

 最後に、この場を借りて、留学を応援して下さった先生方、両親、友人、留学先で出会った方々、またこの拙い文章を読んでくださった方に感謝致します。皆様の人生が“目には見えない大切なもの”で溢れますように。

                           (2018年6月8日)

リヨンはジャカード織り発祥の地でもある。

リヨンはジャカード織り発祥の地でもある。

Université de Lyon III