留学について~ディジョン~

古瀬 誠

 よく晴れた暖かい日、私はしばしば街の中心にある共和国広場の片隅に腰を下ろし、何をするでもなく時間を過ごします。この広場は、大きく長方形に敷き詰めた石のタイルの中央に噴水と彫像が飾られているだけで決して絢爛な造りであるとは言えませんが、むしろそのシンプルさに堅実な印象を抱きます。方々がバスやトラムの発着場に囲まれ広場自体が一つのターミナルとなっており、足早に歩く人々が縦横無尽に動き回っています。
 こうして眺めていると、そんな雑踏の中でも広場を包んでいる泰然とした時の流れは全く失われることがないように思えてきます。そして、ディジョンという小さな街に一貫して感じられる雰囲気はここから醸し出されているような気さえしてくるのです。
 簡素さと緩やかな時間。ディジョンを簡単に表現するならこういった言葉が適当でしょうか。

共和国広場

共和国広場

 さて、共和国広場を出て二、三分ほど歩くと私の通う「Burgundy School of Business」(略称:BSB)が見えてきます。ビジネス関連の学問だけを専門に扱うグランゼコールということで、学生数は千六百人ほどと少なく、学校の敷地も驚くほど小さいです。上智大学も小さいようなイメージがありましたが、ここに来た後で振り返るととても大きかった気がします。
 入口の前は大抵、タバコを吸う学生と談笑する学生とで黒山の人だかりです。狭いスペースに身動きが取れないほど人が詰まっていることもありますが、ここを抜けないと入れません。少し気合をいれ、ぐいっとかき分けて入口のドアをくぐります。
 中に入りエントランスを抜けると、フリースペースも多くの人で賑わっています。ここをざっと見るだけでBSBには世界各地から学生が集まっているのだと実感 できることでしょう。学生の約30%が留学生だそうです。定期的に開催される学校主催のイベントに参加するだけで彼らとは簡単に知り合うことができます。
 私を含め留学生は、選択する講座のコースによって細かく所属が決まりますが、大きく分けると、英語とフランス語のどちらで講義を受けるかで二つに分かれます。そして大半の留学生は英語のコースを選択するようです。仏語学科から留学する場合には自ずとフランス語コースを選択することになると思います。私の所属には香港からの留学生が一人いるだけであとは全員フランス人です。授業によっては教室内に留学生は自分一人だけ、というこ ともよくあります。
 授業はもちろん大変です。テンポ良く進んでいく授業にひとり取り残されていくような気がします。グループワークにもついていけず、ひどく肩身の狭い思いもします。すると段々とネガティブな思考が頭をもたげてきます。自分は今の授業の半分も理解しただろうか。誰かに相談したい。せめてもう一人日本人がいれば・・・
  しかし悲観するばかりでもありません。クラスメイトに質問すれば真摯に答えてくれるし、彼らもクラスで一人、二人の数少ない留学生ということで余計に気を遣ってくれます。打ち解ければ彼らから話しかけてくれるようにもなります。こういう時、ディジョンに来て良かったなと思うのです。

図書室。グループ学習室も充実しています。

図書室。グループ学習室も充実しています。

 私がディジョンに行こうと決めたのは、ほとんど「何となく」だったと記憶しています。
 上智大学と協定を結ぶフランスの教育機関の中 からビジネスを学べる学校の名前をいくつか並べたときに、最初に確信をもって目に飛び込んできたのがディジョンでした。何となくでしたが私はここに行くのだと妙に納得していた気がします。この予感めいたものに従うと案外うまくいくもので、私はここでの生活にとても満足しています。 私にとって大事だったのは場所ではなく、ただ「留学したい」という思いでした。
 この文章を読む人にはこれから留学を考えている方々もいると聞いています。留学中の私から言うならば、語学力を伸ばしたいなら日本でもほとんどのことができます。よく聞く「日本でできないことは海外に行ってもできない」という言葉はあながち間違いでもないと思います。周りの家族にお金も心配もかけます。楽しいことばかりでもありません。
 では、あなたの留学の目的は何ですか? 留学に何を求めるでしょうか?
 私の場合それは「挫折」の経験でした。
 ここに来てから、辛いこと、大変なこと、思い通りにいかないことばかりです。その度に悩んで、考えて、「このためにここに来たんだろ」と自分に言い聞かせながら、自分なりに消化して何とか立ち上がります。そうすると自分が以前より少しだけタフになったような、前に進んだような気がするのです。この感覚を味わいたかった上に、留学すればもっとたくさん経験できる気がして、留学をしない手はないと思っていました。そして実際その考えは正しかったように思います。
 ここまで書いてきて、あらためて、留学の目的は人それぞれで留学を自分の中でどのような意味を持つものにしていくかもその人次第であるように思われます。しかし、留学なんて全くの無意味だったということはあり得ないとも思います。何かしら発見があるはずです。もし留学に行ける環境にある人なら一度は検討してみる価値があるでしょう。そして留学先を選ぶ際の候補地にディジョンも含めて頂けたら幸いです。

Burgandy School of Businessのサイト(仏語)
Burgandy School of Businessのサイト(英語)