折り鶴が空を飛ぶその日まで

杉田 有悠子

 留学先のストラスブールに到着して早4ヶ月。汗水流して歩いた季節から時折雪の降る寒い時期が訪れました。2017年9月より交換留学生として、ここストラスブール大学芸術学部造形学科( Arts plastiques、略号はAPL)にて、芸術の知識を得るとともに美的センスを磨いています。造形学科はまさに日本の美大と同じく実践的な授業が多く、日々作品制作に追われています。

史学科および造形学科とデザイン学科キャンパスはストラスブール大学生の憧れの的です。

史学科および造形学科とデザイン学科キャンパスはストラスブール大学生の憧れの的です。

 芸術学科の授業
 
皆さんは芸術学部と聞いてどういう授業を想像するでしょうか。デッサン、油絵や水彩といった絵画の基礎を学びひたすら描く、私も渡仏する前まではまさしくそのようなイメージでした。もともと芸術の分野で自己表現することが好きだったため、自分の感性をさらに磨き、なおかつフランスの芸術についての知識をより深めたいという思いから、他の交換留学協定校にはない実践的な講義のあるストラスブール大学を選びました。上智大学では味わうことのできない経験ができるという大きな期待を胸にいざ飛び込めば、待っていたのは想像をはるかに超える厳しい現実でした。所属している学年がL3 (licence3、学士号最後の年)のため、初めはその講義だけを受講していたのですが、いまは自分のレベルに合わせてL1の授業も履修しています。それでもまだレベルが高いです。
 私が履修している中で最も衝撃を受けた講義を紹介したいと思います。L3の « pratiques graphiques et picturales »、訳して「グラフィックと絵画の実践」です。実はこの講義は私が望んで受講したのではなく、実践的な講義を受けたいという私の希望を受けたコーディネー ターが推薦してくださった授業でした。だからこそ一体どんなことをするのか全くわからない状態で最初の授業に挑みました。この授業はTD(travaux dirigés)という日本でいう少人数制のゼミ形式でした。余談ではありますが、大人数で受ける講義はCM(cours magistrales)と言います。まず入って驚いたことは、教室がすでにアトリエになっていたことです。ここで授業中作品を作るのだろうと思い込んで いました。ところが授業の初めに与えられた先生からの指示は全く違っていました。
 「毎回テーマに沿って作品を作って持ってくること」
 「枠(紙)の外を出る作品を作ること」
授業形式は、毎回持ってきた作品に対し先生が批評し、3週間以内にレポート提出とともに完成させるというものだったのです。芸術の知識がほとんど皆無な状態で、テーマのポイントを踏まえて作品を作ることは、基礎から絵画を学ぼうと思っていた私には到底無理な話でした。そしてもう一つ問題だったのは、最初のテーマがドイツ語で発表されたために、何について描けば良いのかわからなかったことです。この説明の後、先生はテーマに合わせた参照作品をいくつもスライドで見せつつ解説をしていましたが、あまりにも早いフランス語かつわからない単語のオンパレードで、1時間半の授業があっという間に終わりました。わからないのに 先生に質問もせず、次の週、参考作品から何と無く想像して自分でもよく分からず、日本人の原点だと伝えるために白い折り鶴をおりました。テーマは「時間描写」、その勘はあたっていましたが、先生に「Oh! Japonaise!」と言われ恥ずかしくてその場から消え去りたくなりました。また「それはArts plastiquesではない」とも言われ、当初何がいけなかったのか、先生が何を求めているのか、それを理解するまでに長い時間を要しました。4ヶ月経った今では、その意味がよくわかります。
 Arts plastiquesとして成り立つには、3つ重要なポイントがあります。「メッセージ性があること」、「展示に工夫が施されていること」、「作品で使うモノに意味があること」。テーマに沿っていればどんなものを作ってもいいということでしたが、難題だったのは上記の3点を厳守しつつ、製作の際に参照した作品についてもレポートで述べる必要があったことです。芸術の知識が無い、知識が無いからフランス語の本を読むものの理解に時間がかかり、作品提出に間に合わない。 「できない」という現実と向き合い、悔しさや前に進めないもどかしさといった葛藤で押しつぶされそうでした。しかしある日突然、気がつきました。それは 「できなくて当然だ」ということです。3年間芸術について学んできたフランス人に対して、フランス語の勉強はしてきていても芸術は今から学ぼうとしている日本人が、どうやって差を埋めることができるでしょうか。絵が周りより下手なことを気にする必要があるでしょうか。むしろ、絵画に限定して作品を作ることだけが芸術ではなく、 意味さえあれば、日常でよく使っているものを素材にしても良いのだと開き直って以来、自分らしく芸術と向き合えるようになり、先生からも「この調子で続けなさい」とようやく認められるようになりました。

Photographie(写真)の授業風景。上記の授業も同じ教室を使用しています。

Photographie(写真)の授業風景。上記の授業も同じ教室を使用しています。

困難の答えは部屋の外にある
 芸術という分野ではなくとも、留学中は誰しも各々壁にぶつかると思います。私はその壁とどう向き合うかをこの半年で学びました。人それぞれ解決方法があると思いますが、私の場合の解決策はできない自分を認めることでした。何かを続けていくためには、それを好きであり続ける必要があります。とりわけフランス語はその努力が必要です。しかしながらただじっと部屋にこもってどうすべきか考えるのは逆効果です。悩んだ時こそ外に出るのが一番だということも、留学において学んだことのひとつです。様々なことにアンテナを張り、興味を持つことも大切です。何が自分の身になるのか、それは自分の足で行って見てみないとわかりません。例え ば、入学の際7ユーロ(奨学生の場合無料)支払ってもらえるcarte cultureを使い無料で美術館を回ったり、6ユーロ以内で映画やオペラを堪能したりしました。また幸運なことに11月末に、数々の作品で賞を受賞しているアニメーション作家兼絵本作家である山村浩二さんの講演会があり、そこで作品制作意欲とそのヒントを得ることもできました。そして何より寒い季節、気分が落ち込みそうになったとしてもストラスブールにはクリスマスマーケットがあります。もちろん他の地域にもありますが、数が多く、イルミネーションも豪 華で歩いているだけで寒さも忘れてしまうくらい幸せな気持ちになります。気づけば3時間寒空の下を歩いてしまい、暖かい部屋に帰ってもなかなか手足が元の温度に戻らなくなったこともありました。

賑わうストラスブール大聖堂前のクリスマスマーケット

賑わうストラスブール大聖堂前のクリスマスマーケット

アルザスならではのツリー用オーナメント

アルザスならではのツリー用オーナメント

心の支えは寮の友達
 一人で外出したり、街を歩いたりする事も楽しいですが、時には友達と騒ぐのも一興です。私が住んでいる寮はキッチンを共同で使うシステムで、料理をしているといつも誰かが覗きにきてくれます。寮に住んでいる友人のほとんどは外国人ですから、フランス語ではなく英語で会話をすることの方が多いです。留学前まではフランス語だけを極めようとしていたので、同時に英語も鍛えることができ、とても有意義な生活を送れていると実感しています。料理中の時に会う程度ですが、それでも毎日2時間3時間と話しているうちに仲が深まり、つらいと思っていることを打ち明け、互いに励ましあったりできる素敵な関係になれました。外国人同士であるからこそ共通の話題で盛り上がることも多々あり、共同キッチンで良かったとひしひしと感じています。

留学とは
 
留学で得るものとは何か。今の私ならきっぱり一言で言えます。それは人間性です。自分の身の回りのこと、トラブルや壁に立ち向かうことで、人間味が出てきていると感じています。自分らしく生きている気がします。日本では実家に住んでいた故に、両親に、また自分 にも甘えていました。もちろん日本にいて良かったこともありますが、妥協や甘えが成長の妨げになっていたことに気がつきました。日本にいた時よりも、私は 自分と向き合っています。そして私自身の可能性を信じています。最初に作った折り鶴がいつか本物の鶴のように空を飛べるよう、残りの留学生活を大事に刻んでいこうと思います。                                                           (2018年1月1日)

クリスマスに招かれた友達の家で、一緒に作ったbredele(アルザス風クリスマスクッキー)

クリスマスに招かれた友達の家で、一緒に作ったBredele(アルザス風クリスマスクッキー)

 Arts plastiques (Université de Strasbourg, Faculté des Arts)のサイト