「開き直り」のナント留学生活

高橋 駿介

 私が留学先として選んだナントは、フランス西部のロワール地方に位置する都市です。19世紀に書かれたSF小説「海底二万里」や「八十日間世界一周」などで有名な小説家ジュール・ヴェルヌの故郷として、よく知られています。「フランスで最も住みたい街ランキング」で毎年上位に選ばれる、いわば吉祥寺のような街ですが、これまで上智大学からナントへ留学した学生はいませんでした。私はまだ誰も行ったことがないところへ留学したいという思いがあり、またロワール地方のフラン ス語は訛りが少ないと聞いていたので、ナントを留学先として選びました。

1840年に建てられた商店街Passage Pommeraye。高級店ばかりのように見えますが、意外に可愛い雑貨屋なども入っています。

1840年に建てられた商店街Passage Pommeraye。高級店ばかりのように見えますが、意外に可愛い雑貨屋なども入っています。

 ナント大学と上智大学との間には交換留学の協定がないため、私は一般留学という形でナント大学付属の語学学校i-FLEに通っています。一般留学とは、上智大学と留学先の大学両方に学費を納めることで、留学中に取得した単位の換算を可能にする制度です。

 i-FLEでは2時間の授業が週に9コマ課されます。私の通うB2クラスには7コマの文法や会話表現の授業の他に、選択可能な2コマのアトリエがありま す。私はフランス映画と写真技術に関するアトリエを選びました。日本ではの授業は90分でしたから、授業が始まるまでは2時間集中力を保てるか不安でしたが、聞き取ることに精一杯で日本の授業よりも短く感じます。中国や韓国などのアジア圏やスペイン語圏からの留学生が多く、訛りの強い国際的なフランス語が 飛び交うクラスですが、先生は熱心な方が多く、拙いフランス語でも優しく耳を傾けてくれます。また学食では4ユーロ程度でパニーニなどが売られています。 けれども私の住んでいる寮は学校から徒歩10分という近さなので、昼休みには帰宅して昼食をとっています。

 日本との違いとしてあげられるのがやはり授業開始時間でしょうか。上智大学では9時15分に最初の授業が始まりますが、こちらでは8時です。フランスの8時はまだ日が昇っておらず、毎朝暗くて寒い中、目をこすりながら登校しています。また授業の間に休み時間がなく、少しでも授業が伸びると大急ぎで教室を移 動しなければなりません。授業内容に関して言えば、様々な国の学生が集まる語学学校という性質上、当然のように母国に関する質問が飛んできます。自分 の名前の由来や指での数の表し方、母語との時制表現の違いなど、どれだけ些細なことでも国によって違いがあり、フランスにいながら多くの国について知るこ とができます。これから留学を考えている方は、日本について常識的なことは少なくとも把握しておいた方がいいと思います。自分の国の事情をよく知らないと恥を掻くかもしれません。

  まだナント以外の街には訪れていないのですが、授業は1日2コマ程度なので放課後や休日には、よく市内を散歩します。東京と異なり全ての建物の外観が似 通っているように見え、最初は散歩し甲斐がないと思ったこともありました。しかし徐々に、早朝の濃霧や壁画など、日増しに様々な表情を見せてくれることに気づきました。それがこの街の魅力なのでしょう。公共交通機関のトラムやバス網が張り巡らされているお蔭で、中心部と郊外の移動には困りません。ブルターニュ公爵城やナント 大聖堂、遊園地など、数は多くなくとも魅力的な史跡や観光地も存在し、週末には様々なイベントが開かれます。またこの町では至るところに公園や植物園があり、「緑の町」と呼ばれるほどです。家族連れはもちろん、犬の散歩をする高齢者も多く見かけます。

Les Machines de l’îleという遊園地。週末には多くの観光客で賑わいます。

Les Machines de l’îleという遊園地。週末には多くの観光客で賑わいます。

 物価も高くなく、市場もほぼ毎朝開いているため自炊には全く困りません。1年間でフランス語力もさることながら生活力も高められるのではないかと期待しています。私は大のラーメン好きなのですが、フランスではあまり食べられないので、何が代わりになるだろうか探していました。そして最終的にはケバブ(中東料理のロースト肉)にたどり着きました。日本ではまだそれほど馴染みがないものだと思いますが、フランスでは至るところでケバブ・サンドイッチの店が見つかり、ボリュームも多いのでよく食べに行きます。またナントは比較的治安も良く、東京に居た時よりは警戒して暮らしていますが、今のところ特に何事もなく過 ごしています。

 また留学生活について語る上で外せないのが「なんとなくナント」というボランティア団体の存在です。日本に長く住んでいたフランス人が会長を務め、到着時の送迎や銀行開設の手助け、調理器具の貸し出しなど、この団体のメンバーが日本人留学生の生活を全般的にサポートしています。他の日本人留学生やナント大 学の日本語学科の学生と交流する機会も提供しているのもこの団体で、私もそのお蔭で到着後もスムーズに生活を始めることができました。

毎週開催されるナント大学日本語学科の学生との交流会。彼らが日本の漫画やアニメに精通していることに驚きました。

毎週開催されるナント大学日本語学科の学生との交流会。彼らが日本の漫画やアニメに精通していることに驚きました。

 留学生活を始めてまだ2ヶ月しか経っていないけれど、毎日が新しい発見で溢れていて、振り返るともっと長い時間を過ごしたような気がします。確かにフランス人の会 話は速くて聞き取るのに苦労することも多く、自分がこの国の言葉を上手く使えない「外国人」であることにしばしば気づかされます。けれども「外国人」であることは決して悪いことばかりではないのです。うまく話せない言葉を使うことには勇気がいるかもしれません。しかし一旦開き直ってみることも大切ではない でしょうか。分からないことはすぐに尋ねればいいのだし、相手もこちらが知らないことを前提で話してくれる。勇気が湧いてきませんか?

 街を歩いているとまだまだ ”Chinois!”(中国人) と言われることが多いですが、ナントの人々全員に私が “Japonais” であることを伝えるつもりで、残り8ヶ月頑張りたいと思います。